dreamlike occurrence.





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「え〜どうして?楽しみだって言ってたのに・・・」
次の日、おれは誕生日にばあちゃんの家に行かなくちゃならないからと、断りの電話を入れた。
「だってさ〜ばあちゃんがおれの誕生日を祝いたいっていうもんだからさ、家族で行くことになっちまったんだ」
もちろんでまかせである。優は、うちの家庭がそういう家族の行事を大切にすることを知っているから、こう言えば無理強いはしないだろうとわかって、そんなウソをついた。
どうしても、あいつに会いたくなかったから。
「―――でも毎年そんなことなかったのに・・・」
優は、人の感情を読むのがうまいから困ってしまう。だから、会って断ることができず、電話にしたんだけど。
「ほ、ほら、ばあちゃんも歳だしさ。かわいい孫の誕生日を祝ってやりたいなんて思ったんじゃないの?」
ばあちゃんが一度入院したのを知っている優は、それじゃあ仕方ないと諦めてくれた。
「じゃあ、次の日は?一日遅れでもいいよね?」
そう来ると思っていたおれは、用意していた答えを口にした。
「受験だからさ、家庭教師が来るんだよね。夏季講習もあるし。優は家に優秀な家庭教師がいるから心配ないだろうけどさ。だから・・・今年はキモチだけもらっとく。ありがとな」
これ以上は無理だと思ったおれは、早々に電話を切った。
これが一晩考えて出した結論だ。
もう会わないほうがいい。
おれは、あいつとの心地よい関係を壊したくなかった。だから、キモチを押し隠していた。
なのに、柄にもなく、素直になってみようなんてバカなことを考えた瞬間、この始末だ。
あいつにコイビトと呼べるような存在のヤツがいないのなら、おれは今のままでもよかったのだ。
都合のいい時だけ利用されても、あいつと一緒に過ごす時間は楽しかったし充実していた。
しかし、もしあいつに特別なヤツがいるのなら・・・
バカなおれでも、それはツライ。
都合のいいときだけ、穴埋めに使われるのは真っ平ゴメンだ。それくらいのプライドもおれにはある。
もともと優と先輩をくっつけようという目的から始まった関係なんだ。ふたりが結ばれた時に、おれたちの関係も終わりにすればよかったんだ。
いや、おれがあいつのことを好きになった時点で、こうなることは予想できたのに、おれは諦めるよりも、前に進むことを選んでしまった。
ほんと、おれってどうしようもないバカだな・・・
でも、よかったかもしれないとも思う。
昨日、いつものように近所の本屋で用事を済ませていたら、あの場面に遭遇しなかったら・・・
おれは、浮かれ気分で誕生日を向かえ、ロマンティックな雰囲気に流され、あいつにとんでもないことを口走っていたかもしれない。
そして、あの関西弁で、思いっきりからかわれ、笑われただろう。
神様に・・・感謝・・・かな?
一世一代の恥をかかずに済ませてくれた神様に、おれは感謝した。
さっさと忘れて・・・大学に受かって・・・目いっぱい遊んでやる!
昨日の今日だから、少し胸も痛むけれど、すぐ忘れる・・・
おれは、夏期講習の準備をして、家を出た。








********








あいつから幾度か連絡があったけれど、おれは無視した。こういうときケータイは便利だと思う。
数回無視すると、かかってこなくなった。どうせそんなもんだったんだ、あいつとの関係って・・・
おれは、今までサボりがちだった受験勉強に力を入れ始めた。
優に会うと弱音を吐いてしまいそうだから、しばらく連絡を絶つことにした。
予備校で出会ったオンナのコと話をすれば、それなりに楽しかったし、今すぐ恋愛をしようとは思わないけれど、やっぱりおれはオンナが好きなんだと、ほっとした。
朝起きて、予備校に行って、帰りに息抜きにふらふらして、帰宅して勉強。それなりに忙しいことが救いだった。
何も考えなくて済むから。
「おにいちゃん、今日出かけるっていってたよね?」



朝食の味噌汁をズズズとすすっていると、妹のりかに声をかけられた。
「―――だっけ・・・?」
「だよ〜今日は優さん家でお誕生日祝ってもらうんでしょ?」
「あっ・・・」
思わず自慢の腕時計を確認した。無機質なデジタルが、今日が8月8日であることを示していた。
「はいっ、これ、りかからのプレゼントっていうか差し入れ?」
目の前に置かれたのは、明らかにアルコールの類の瓶で・・・
「これ、おまえ―――」
「未成年のくせにどうやって手に入れたかって言うんでしょ?インターネットじゃ買えないものなんてないんだよ?それね、スパークリングワイン。シャンパンじゃありきたりだしね。かなり人気なんだって。夏だし、すっきりテイストらしいし、いいでしょ?」
全く反省の色もない。
だいたい、うちの親はそういうことを気にしない。度が過ぎない限りは、おれたちの自主性に任せてくれている。
「ちゃんと優さん家に持っていってよね?昨日約束したんだから!」
「約束・・・?」
「うん。昨日偶然出会ってね、『兄のお誕生会のお礼に私からの差し入れ持たせます』って約束しちゃったんだもん」
おれは、食後にかかさないヨーグルトを噴き出しそうになった。
「おまえ・・・優に会ったのか・・・?」
「優さんの彼氏かっこいいよね〜お似合いって感じ?りか、萌え萌えだよ〜」
どうしてだか優と先輩の関係をりかは知っている。そして、ふたりの理解者でもある。何しろ、りかにはいろんな本を借りて・・・いや、そんなこと言ってる場合じゃない!
「優・・・何か言ってたか?」
「ううん、りかが誕生会のこと言ったら不思議そうな顔したけど、楽しみにしてるって。だから、ぜ〜ったい持っていってよね」
おれのウソ・・・優にバレたんだ・・・・・・
優はどう思っただろう・・・?
楽しみにしておいて、急に断って、しかもそれがウソだったなんて・・・
「今日さ〜パパとママと食事に出かけるから、ゆっくりしておいでね」
りかの言葉を背に受けて、おれはカバンを手に取ると、とりあえず家を出た。








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